Happy Mother's Day

 

先週あたりからスーパーではバレンタインデイと同じラブリーな風景が。

腹の出たおっさんや兄ちゃんたちがせっせと花束を買ってる。

 

そして今日はMother's Day. 

うちの息子のチューターもクラブも全部お休み。

だってアメリカではお母さんをBreakfast やBrunch で家族でお祝いする日だから。

 

もちろんうちはそんなイベントはどこ吹く風。

 

先週から会う人ごとに

「What's your plan for Mother's Day?」

と聞かれているが

「No plan!」

とさらりと答えている。すると、

「Oh, well, maybe your family is secretly planning a surprise.」

(うちの人がサプライズでお祝いしてくれるんじゃないの)

などど気を使ってくれるが、

もちろんそんなことも起こらない。

ま、普通の日の延長なわけです、、、。

 

今日は息子が気を遣って、レストランに行かないのか、クラスの友達はみんな行くって言ってるとDaddy に話しかけてた。

「そうだな、、、うん。行こうか。どうしようか、、、(決める気配なし」

とかさっき言ってたけど

もう夕方の5時なんだけどさ。

 

さて、今年も特にイベントも無さそうだし、

そろそろムービーにでも誘うとするか、、、、。

Gardians of Galaxy2 観たいしな。

 

 

 

 

アメリカ人の就寝タイムは9時

アメリカに暮らし始めて15年が過ぎている。

冷静に考えると大変な年月だ。

15年あればbabyだってティーンエージャーになる。

うわ、おそろし。

 

そう言う暮らしの中で気づいたアメリカ人という民族についてちょっと描いてみたい。

 

アメリカ人は一般的にはとてもまじめな民族である。

意外じゃない?私も最初意外だった。

 

まず、日本との大きな違いは、規則正しい生活。

早寝早起き。

朝は6時に起き、9時には就寝。

これが平均。

 

 

もちろんアメリカ人にも夜型の人もいるし、

こうじゃない人もいる。

でも、だいたい小学生や中学生の子供をもつファミリーはこんな感じ。

 

うちは自慢じゃないけど、夕食が遅く、8時−9時。

最近は子供の宿題が終わらない等ゴタゴタがあると、10時とかになる。

この時間に夕食を作る気力もない時があり、

ファーストフードをテイクアウトしようとガレージを開けると、

ご近所はみんな真っ暗。

すっかり寝静まってる。

だから9時過ぎはガレージを開けて車を出し入れするのがはばかられるの、、、。

 

こんな時、私たちは世の中で最低な親なんじゃないかと思ったりして、、、。

ちょっと自己嫌悪になる。

 

アメリカ人の規則正しさ、品行方正さにいつも負けてる気がするけど、

心ではこの民族のまじめさが「つまんないな」って思ったりもする。

 

 

 

 

 

Sign of the Times

 

 

One Directionsのカリスマボーイ、Harry Styles がソロデビューし、

ドカンと爆弾のようにメディアにお披露目したこの曲。

 

なかなか聞かせてくれる曲であります。

ラジオで聞いた瞬間に、息子と「So good!!」と声を上げてしまったほど。

 

曲はメロディアスなスローバラードでドラマチックなメロディと歌詞。

何だかわからないけど深遠で悲壮感と危機感が感じられる。

映画の挿入歌として合いそうな曲だけど、どうなのかな。

 

One Directions のZyne と歌い方がそっくりという人もいるけど、

Zyne のPIlow Talk のようなセクシー路線じゃないところが好感持てる。

Harry の内面の大きさや深さを感じさせてくれる。

 

文句を言わせてもらうならこのタイトル!

プリンスの往年のLPと同じとは、、、。

もしかしてわざとやってたりして、、、、。

 

とにかく、ファンを裏切らないなあと思って感心した。

 

 

 

 

 

 

LA Fitness

私が一番よく行く場所は、LA Fitnessという名前のジムである。

平日はほぼ毎朝、なんらかのクラスを取っている。一番よく行くのは

Body UP Plus Absという名前で、音楽に合わせてダンベルを上げ下げしたり、スクワットやマット運動をしたりするまあ、割とスポ根なクラス。

 

もはや中年だというのにこの運動量は半端じゃない。

第一それほどスポーツが好きなわけじゃなかった。

中学でバスケット部に入っていたものの、パッとせず、

日本ではジムに入会してもちゃんと通えたことがなかった。

 

じゃあなぜこのLA Fitnessnにこんなにはまっているのか、というと

LA FItnessがある種のコミュニティだからだろう。

教会や会社と同じくひとつの社会なのである。

最近、話を交わす現地の友人ができ、ますます楽しくなってきた。

 

この歳にして、fitness trainer になりたいなあなどと思う今日この頃だ。

 

 

 

 

 

教会ビジネス

クリスチャンでも無いのに毎週日曜日に教会に行っている。

自慢できる話では無い。

 

子供の友達がその教会に行っていて、いくつかの楽しいイベントに誘われ、自分も行きたいと言い出したのだ。その友達は洗礼を受けた熱心なクリスチャン。私は自分が心から信じていない教会に子供を送ることに抵抗があった。だが、夫は自分も昔クリスチャンの幼稚園に通っていたからいいんじゃんと、言い出し、大賛成。以来、毎週3人で足を運んでいる。

 

実はここの教会はかなりいい意味で商業的だ。

まず、とてつもなく大きい。

実は牧師様のお話はまるでコンサート。

前座のバンドの演奏から始まり、巨大なスクリーンに牧師様の顔が映し出される。

話は軽快で楽しい。神を信じなさいとストレートにいうわけでもなく、日常の面白い話からスタートし、巧みに皆を引き込む。

 

敷地にはおしゃれなカフェやブティックがあり、ドーナツやブレックファーストのブリトーの香りがし、子供用の汽車が走ってる。

ここが嫌いな子供はまずいないだろう。

 

初めはこの教会のデパートの屋上のような雰囲気に「近寄りやすさ」を感じ、居心地が良かった。

しかし、間も無くそれは不思議な違和感へと変化し、今ももやもやが続いている。

 

この魅力的な場所、これが客引き法、信者集めの方法だと気づいてしまったからだ。アメリカには星の数ほどたくさんある。信者がいなくなれば教会は終わり。人集めに夢中になるのは止むを得ない。この教会は魅力あるイベントや施設で近所の教会の信者をどんどん飲み込み、どんどん敷地を拡大し続ける。

教会ビジネスに一人勝ちしている場所なのだ。

 

私はこの教会で神を信じることはないかもしれない。

洗礼を受けようという気持ちにもならないだろう。

これからもきっと。

 

 

Supermarket flowers

Ed Sheeren の新しいアルバム、Divide を聞いてる。

そして最後のトラック

Supermarket Flowers の歌詞を味わいながら聞いている。

これは亡くなったおばあさんのことを歌った歌だそう。

そう聞いたらもう涙腺崩壊。

 

この人詩人なんですよね。

誰にでもあるような出来事の一瞬を切り取って

心に訴えるような物語にする。

 

しかし、1枚目は「Multiply」2枚目は「Divide」っていうこのアルバムタイトル。

クスッと笑えるバカバカしさ。

でも、騙されてはいけませんぞ。

 

この中身の濃さ。

思い切り心が揺さぶられた。

歌で泣いたの久しぶり。

 

A heart that’s been broke is a heart that’s been loved

心がボロボロになるのは愛されたから。

 

 

 

 

アスペのオット 

 

私には発達障害を持つ中学生の子供がいます。

言語障害+ADD(注意欠陥障害)の二重障害

今は軽度発達障害はどれも「自閉症スペクトラム」という枠の中に入るのだけど

うちの子は自閉症特有のこだわりや癇癪などは全くなく、のんびりした、のび太タイプである。

 

さて、発達障害の原因として有力なのが、遺伝と環境によって起こる、というものだ。先天的にその遺伝的特徴を持った子が環境によって発症するというわけ。

遺伝ということは、両親のどちらかや、近い親戚に発達障害を持つ人がいる可能性が高いということでもある。

 

その発達障害の遺伝子はもしかしたら夫にあるのかもしれない。私のオットはアスペルガー疑いがある。診断こそ受けてないけど、本人もそうかもしれないと思うほどアスペの特性をあまりにも兼ね備えている。(^^:)

必要なこと以外話さない、友達がいない、電車が異常に好き、目が合わない、

愛情表現の欠如、空気が読めない、などなど。

 

今だから言えるけど、オットは初めからヘンだった。

一緒にいてもなんとも言えない違和感、距離感があった。

会話もなんとなく噛み合わない。

一緒にいてもいい意味でも悪い意味でも空気のような、サラリとしていて

反応がなくて、盛り上がりのない人だった。

 

私は自分のことを案外クールなタイプだと思っていたから、結婚相手にはこういう人が向いているのかもしれない、面倒臭くなくていいかも、と思ったのだ。

 

それは大きな間違えだった。