教会ビジネス
クリスチャンでも無いのに毎週日曜日に教会に行っている。
自慢できる話では無い。
子供の友達がその教会に行っていて、いくつかの楽しいイベントに誘われ、自分も行きたいと言い出したのだ。その友達は洗礼を受けた熱心なクリスチャン。私は自分が心から信じていない教会に子供を送ることに抵抗があった。だが、夫は自分も昔クリスチャンの幼稚園に通っていたからいいんじゃんと、言い出し、大賛成。以来、毎週3人で足を運んでいる。
実はここの教会はかなりいい意味で商業的だ。
まず、とてつもなく大きい。
実は牧師様のお話はまるでコンサート。
前座のバンドの演奏から始まり、巨大なスクリーンに牧師様の顔が映し出される。
話は軽快で楽しい。神を信じなさいとストレートにいうわけでもなく、日常の面白い話からスタートし、巧みに皆を引き込む。
敷地にはおしゃれなカフェやブティックがあり、ドーナツやブレックファーストのブリトーの香りがし、子供用の汽車が走ってる。
ここが嫌いな子供はまずいないだろう。
初めはこの教会のデパートの屋上のような雰囲気に「近寄りやすさ」を感じ、居心地が良かった。
しかし、間も無くそれは不思議な違和感へと変化し、今ももやもやが続いている。
この魅力的な場所、これが客引き法、信者集めの方法だと気づいてしまったからだ。アメリカには星の数ほどたくさんある。信者がいなくなれば教会は終わり。人集めに夢中になるのは止むを得ない。この教会は魅力あるイベントや施設で近所の教会の信者をどんどん飲み込み、どんどん敷地を拡大し続ける。
教会ビジネスに一人勝ちしている場所なのだ。
私はこの教会で神を信じることはないかもしれない。
洗礼を受けようという気持ちにもならないだろう。
これからもきっと。