窓からうんこ投げたら挟まったーあまりにも酷いニュース

昨日だったかあまりにもひどいニュースを英語で読んだ。

聞いたことのないレベル/ジャンルの酷さだった。

内容はこうである。

 

デート系サイトで出会った男女が初めて男性の家でデートをした。

二人はとても気が合い、楽しい時間を過ごしていた。

 

男性が買い物に行っている間に女性が大きい方を催してトイレを借用した。

ところが、トイレがうまく流れなかったのだ、、、。

さあ、ここからの話が劇的な大展開となる。

 

女性は半狂乱となり便を部屋の窓から投げた。(かあるいは投げようとしたらしい)

その際窓に手が挟まってしまい抜けなくなった。(挟まった状態の画像もあった)

 

で、家に帰って驚いた男性が911に連絡。彼女は無事に救急隊に助けてもらったとのこと。

 

そのあと男性の話が「びっくりしたけど、なんとかなってよかった。あ、彼女?

気があうし、まだ付き合ってるよ」

 

私はたまげてしまった。この記事は、ほとんど笑わせる要素もなく書かれていたのだ。世の人はこんなニュースを普通に受け入れられるのか?

 

この男性も不思議。うんこを窓から投げて証拠隠滅を図った女性とわざわざ付き合いますかね? うんこ投げられた近所の家は大丈夫だったんだろうか? 男性に見つけられた時の女性はどういう気持ちだったんだろう?救急隊に「すみません。うんこ投げたら挟まっちゃって」って言ったんだろうか。

やたら下世話な想像が膨らんでしまい、このニュースが頭から離れない。

私は隠れスカトロ好きだったのか。

 

 

映画「Dunkirk」がいいと思えない

「Dunkirk」という映画を観ました。

 

Christopher Nolan が監督、One Direction のHarry Styles が出演、そしてレビューがめちゃ高い。

これは観るしかないと意気込んで臨んだ。

 

これほど劇場の2時間が重ぐるしく感じたことはない。

息がしづらいと感じた映画もない。

 

さて、視聴後の感想。

はっきり言って私はこの映画が全くいいと思わなかった。

そしてそのことにショックを受けた。

これほどの前評判の高さである。

やっぱりよかった、と感動に浸って劇場を後にするはずじゃなかったのか。

私だけがこの映画の良さをわからないのか。

 

戦争ものだから、とかシリアスだから、とかで嫌いだったのではない。

内容がとてもわかりにくかった。登場人物が多すぎるし、誰も同じような顔をして同じような場所にいて区別がしにくい。セリフが少なさも気になった。視聴者に行間を読んで欲しかったのかもしれないが、戦争の映画でバンバン撃ち合いしてるのに行間を読むのを期待するのは無理だ。やたら気持ちを煽るような音響もイマイチ。この映画は「やりすぎ」と「やらなすぎ」の言ったり来たりという感じがした。セリフも話も演技も全く心に響かなかった。

 

レビューはこぞって、Harry Styles の演技が素晴らしいと書いているがこれにも疑問を持った。私は完璧な配役ミスだと思った。この人は雰囲気が明るすぎて映画のサバイバルシーンから飛び出てしまっていた。Tom Hollandのように必死に命をかけて生きている青年になれていない。出番もそれほど多くない。プロの批評家がどうやって彼を評価したのか知りたいくらいだ。

 

あと、この映画はあまりにもセリフが少ない。セリフが少ないから多分大事なことを言っているに違いない、、、と必死に聞こうとするのだが、イギリス英語が全くと言っていいほど聞き取れなかった。 Come on!  you can hear British English.と自分を鼓舞しながら聴くのだが、やはりダメ。

 

それもあって評価が下落。

全部が映画のせいってわけじゃなさそうね。

 

 

日本では習わない英語 その1 hang out とplay

アメリカに住んでいるとあまりにも良く聞く言葉なのに

日本では絶対に習わなかったなあと思われるものがある。

男の子がよく使う「hang out」(友達と遊ぶ)がその一つ。

友達を誘う時、

Do you want to hang out later?

”あとで一緒になんかする?”

 

というように使う。

 

日本人はこの「hang out」の代わりに「play」を使おうとする人が多い。

ゲームやスポーツの時にplay game /soccer のようにイディオム的に使うことはあるけど、playという動詞自体 は、小さい子がおもちゃで遊ぶ、というような意味で、年頃の男の子は

Do you want to play? 

とは言わない。

 

そういえば、”Wimpy Kids”の映画でGreg がオタクで少女趣味の男の友人に

「年頃の男の子はPlay なんて言わないの。hang out! わかった?」と諭してる場面があったような。

 

 

あと、play はエッチな意味もあるので、間違っても女の子には使わないように、、、、。

 

 

最期に海老蔵氏も「愛してる」と伝えられたのだろうか

先日小林麻央さんが逝去された

 

幼い子供たちを残しての旅立ちは心を引き裂かれるような

思いだったことだろう

 

私も時々ブログなどを拝見していたが、

文面から素直さとひたむきさ、凛とした心持ちが香って来るようだった

 

 

でも、時々言葉の間から麻央さんの心の叫びが聞こえて来ることがあった

死と言う暗闇のトンネルを目前に立ちすくみ、

「怖い」「寂しい」「誰か側にきて」と言う悲痛な叫び声だ

あくまでも想像だが、

その叫びは夫である海老蔵氏に向けられていた気がする

 

ブログではそう言う言葉は全く見られなかった

「ありがたい夫だ」

「素晴らしい夫だ」

「私は支えることができない」

褒め言葉ばかり

 

本当にそうなんだろうか

麻央さんの側にいてあげないのに?

自分より仕事を優先してるのに?

歌舞伎役者だから?

言い訳にしか聞こえない

 

自分のブログに

「まお愛してる」「まおに会いたい」って

書き込みする時間があったら

駆けつけて抱きしめてあげればいい

ずっと一緒にいてあげた方がいい

 

麻央さんのブログに自分のお母さんやお姉さんに、

「側にいてくれてありがとう」とある

「母がジュースを絞ってくれるのを楽しみにしている」

誰かの温もりを心待ちにしている孤児のように

 

海老蔵さんは麻央さんより仕事と子供を選んだ

麻央さんの世話は麻央さんの家族に任せた

海老蔵氏は距離を置いた

 

麻央さんもそれが自分の愛の形だと

夫は自分を愛してくれているんだと言い聞かせた

のかもしれない

相手の温もりではなく、相手のブログを読みながら

 

最期の麻央さんの言葉「愛している」は、

海老蔵氏への問いかけだった気がして仕方がない

「僕も」と言う言葉を聞きたかったんじゃないだろうか

 

カメラが回ってない場所で

海老蔵氏は本人にそう心から伝えられたのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最期に海老蔵氏も「愛してる」と伝えられたのだろうか

先日小林麻央さんが逝去された

 

幼い子供たちを残しての旅立ちは心を引き裂かれるような

思いだったことだろう

 

私も時々ブログなどを拝見していたが、

文面から素直さとひたむきさ、凛とした心持ちが香って来るようだった

 

 

でも、時々言葉の間から麻央さんの心の叫びが聞こえて来ることがあった

死と言う暗闇のトンネルを目前に立ちすくみ、

「怖い」「寂しい」「誰か側にきて」と言う悲痛な叫び声だ

あくまでも想像だが、

その叫びは夫である海老蔵氏に向けられていた気がする

 

ブログではそう言う言葉は全く見られなかった

「ありがたい夫だ」

「素晴らしい夫だ」

「私は支えることができない」

褒め言葉ばかり

 

本当にそうなんだろうか

麻央さんの側にいてあげないのに?

自分より仕事を優先してるのに?

歌舞伎役者だから?

言い訳にしか聞こえない

 

自分のブログに

「まお愛してる」「まおに会いたい」って

書き込みする時間があったら

駆けつけて抱きしめてあげればいい

ずっと一緒にいてあげた方がいい

 

麻央さんのブログに自分のお母さんやお姉さんに、

「側にいてくれてありがとう」とある

「母がジュースを絞ってくれるのを楽しみにしている」

誰かの温もりを心待ちにしている孤児のように

 

海老蔵さんは麻央さんより仕事と子供を選んだ

麻央さんの世話は麻央さんの家族に任せた

海老蔵氏は距離を置いた

 

麻央さんもそれが自分の愛の形だと

夫は自分を愛してくれているんだと言い聞かせた

のかもしれない

相手の温もりではなく、相手のブログを読みながら

 

最期の麻央さんの言葉「愛している」は、

海老蔵氏への問いかけだった気がして仕方がない

「僕も」と言う言葉を聞きたかったんじゃないだろうか

 

カメラが回ってない場所で

海老蔵氏は本人にそう心から伝えられたのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒に手をつないで歩くには才能がいる

カリフォルニアの夏の夕暮れは美しい。

 

 昼間燦々とした陽がそそぎ、青い空が照り映えても

夕暮れは優しく訪れ、そのオレンジにゆったりと包まれる。

 

こんなとき、ふと空虚な気分に乗っ取られることがある。

 人生の夕暮れに佇み、、ああ、このまま一生が終わってしまうのかと

虚しい感じがする。

 

唐突だが私が一つ憧れているものがある

「手をつないで散歩する」夫婦だ

 

 

 

手をつないで歩く、という行為は実はとても才能がいる

 

相手の歩調に合わせ、

時折景色を見て

言葉をかけながら

歩を進めていく

握った手は離さず

 

これは、ものすごく忍耐と思いやりのいる行為なんじゃないだろうか

  

私の夫は手をつないで歩くことができない。

人に合わせて歩く、ということができない人なのだ(^^:)

こっちが一生懸命合わせないとスタスタ先に行ってしまう

 

 

このままの人生だと手をつないで歩くと言う憧れは叶わなそうだ 

歳を取ってもバラバラに歩くのはきついなあ、、、と10年後を想像して

ため息が漏れる

 

 

 

 

 

 

 

 

「King Arthur」 は水戸黄門っぽかった

さて、「King Arthur: Legend of the Sword」。

これも私の家族がまず観ないような種類の映画である。

  • 歴史的内容(中世だったか、、、)
  • 生きるか死ぬかの闘い
  • 強い者が勝ち

私もそれほど得意なジャンルではないが、Guy Richie がDirector と聞いてちょっと観たくなった。Guy Richie 自身、というよりはこの人がMadonnaの元夫だから興味があって。あのMadonnaが選んだ男性だからそこらの男性とは違う何かスペシャルなものを持っているに違いない、とか、短絡的なものです、、、。

 

映画の内容は伝説の剣の達人、イギリスのアーサー王の話。過酷な環境を乗り越え、卓越した剣のスキルで王にのし上がって行く、まあ、かっこいいストーリーだが、実在の人物としてはっきりと特定された人はいない。つまり、ほとんどフィクション。

 

映画は、ベースやドラムの効いた重低音とともに速いスピードで画面が切り変わる。このリズムは素晴らしい。最初の1時間は、このスピード、リズムを体感し、なんとも言えない快感を覚えた。これがマドンナがガイリッチーに落ちた理由なのかもしれない。

 

しかし、実のところ最初、内容にイマイチ集中できなかった。まず、アーサーの過去の描写、葛藤のシーンが長すぎる。目の前でお母さんやお父さんを失ったというトラウマを抱えたアーサーは長い間、剣を持って戦うことを心理的に拒絶してしまう。なんどもその気になっては挫折する。ストーリーを知ってると「早く、早く」とイライラしてくる。私だけかもしれないけど。

 

それから、死んで蛇になって水中から語りかける不気味な女たち、あれは何ですか?気味の悪すぎ。この映画の女性はほぼ、不気味なパワーを持った人ばかり。アーサーに寄り添い、王へと導いて行くキュートガールでさえ、いきなり目が真っ黒になって、ワシをおびき寄せたりとかする。これがGuy Richie の女性像なのか。マドンナをこんな風に思っていたのか。

 

映画は後半、大いに盛り上がる。アーサーが過去のトラウマで、どうしても握ることのできなかった剣を手にし、バッタバッタと敵を切り倒す。さて、隣を見ると息子、父親ともに安らかに瞳を閉じている。寝ているのだ。「いいところだから起きてよ!」と肩を揺する。「ああ」と盛り上がっている戦闘シーンを見て、二人とも悦に入った。アーサーが、七人の侍よろしく敵を切り倒すところは、争い嫌いの二人が見ても爽快なのだ。

 

本当に自分が王だと自覚した時点でのアーサーは神々しい。そのカリスマ性に相手もはは〜っつとひれ伏す。まるで水戸黄門だ。そう言えばポニーテールをしたこの男性は黄門様みたい。最後に王になったアーサーが民の祝福の中、高らかに剣を上げる。でも、意外に群衆の数が少ないし、短すぎる。この英雄シーンをもっと見たかった!!とにかくかっこいい!

 

ところで、全体的に戦闘シーンがアジアっぽいなああ、、、と思ったらGuy Richieって空手とか柔術を極めた人なんですね。妙に納得。